人材関連コラム
2026年07月06日

目次
最低賃金制度は単なる「法律」ではなく、企業の存続に関わる経営課題です。まずは制度の全体像と、違反した場合に企業が負う具体的なリスクを正しく理解しましょう。
このセクションでは、以下の2点について詳しく解説します。
●2種類の最低賃金(地域別・特定)の適用ルール
●罰金以上に恐ろしい「遡及払い」と「採用への悪影響」
最低賃金には、都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業に設定される「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。企業は、原則として金額が高い方の最低賃金以上を支払う義務があります。
| 種類 | 概要 | 優先順位 |
|---|---|---|
| 地域別最低賃金 | 都道府県内のすべての労働者に適用される基本的な最低賃金。毎年10月頃に改定 | 原則適用 |
| 特定最低賃金 | 特定の産業(自動車製造業、鉄鋼業など)に設定される、より高額な最低賃金。 | 金額が高い方を適用 |
【注意点】
特定最低賃金は、地域別最低賃金よりも高く設定されているケースがほとんどです。自社の業種が対象になっていないか、必ず都道府県労働局のホームページで確認してください。もし両方が適用される場合は、高い方の金額をクリアしていなければ法律違反となります。
もし最低賃金を下回っていた場合、企業は単に不足分を支払えば済むわけではありません。以下の「3つのリスク」が経営を直撃します。
1.刑事罰:
地域別最低賃金法違反には50万円以下の罰金が科されます。
2.遡及払い(最大の財務リスク):
賃金請求権の消滅時効は現在、当分の間の措置として「3年」となっています。つまり、違反が発覚した場合、過去3年分に遡って全従業員の差額を支払う義務が生じる可能性があります。これは中小企業にとって致命的なキャッシュアウトになり得ます。
3.採用ブランドの毀損:
「最低賃金割れの会社」というレッテルは、SNS時代において瞬時に拡散されます。一度失った信頼を取り戻すのは容易ではなく、求人を出しても応募が来ないという事態を招きます。
ここからが本題です。月給制の場合、最低賃金を判定するには、月給を「時間単価」に換算する必要があります。このとき、分母となるのが「月平均所定労働時間」です。
多くの担当者様が、慣例的に「173時間」や「170時間」という固定値を使っていますが、これは正確ではありません。月平均所定労働時間は、その年の「年間休日数」によって変動するからです。
このセクションでは、正確な計算式と、見落としがちな「うるう年」の罠について解説します。
正確な判定を行うためには、以下の式で自社の数値を算出してください。
月平均所定労働時間 = (365日 – 年間休日数) × 1日の所定労働時間 ÷ 12ヶ月
【計算例:年間休日120日、1日8時間労働の場合】
●(365日 – 120日) × 8時間 ÷ 12ヶ月 = 163.3時間
この「163.3時間」を使って、月給を割ります。
例えば月給20万円の場合、200,000 ÷ 163.3 ≒ 1,224円 となり、これが地域別最低賃金を上回っているかを確認します。
ここで最大のリスクポイントとなるのが、4年に1度訪れる「うるう年」です。
2024年や2028年などのうるう年を含む期間を計算する場合、1年は365日ではなく「366日」となります。
うるう年の計算式 = (366日 – 年間休日数) × 1日の所定労働時間 ÷ 12ヶ月
「たった1日の違い」と思われるかもしれません。しかし、計算式の「365」が「366」になると、分子が大きくなるため、結果として分母である「月平均所定労働時間」が増加します。
分母が増えれば、算出される「時給単価(月給÷時間)」は下がります。つまり、ギリギリの給与設定をしている場合、うるう年になった途端に最低賃金割れを起こすリスクがあるのです。
次に、分子となる「賃金」について見ていきましょう。
最低賃金の判定に使われる賃金からは、特定の「除外賃金」を引かなければなりません。
ここでのポイントは、「手当の名称」ではなく「支給の実態」で判断するということです。
以下の手当は、たとえ毎月固定で支払われていても、最低賃金の計算(分子)には含められません。除外すべき手当(家族手当など)を含めて計算してしまうと、見かけ上の時給が高くなり、実際は違反しているのに気づかないという事態になります。
【最低賃金法で定められた除外賃金】
1.臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
2.1ヶ月を超える期間ごとの賃金(賞与など)
3.所定労働時間を超える時間の賃金(時間外・休日・深夜割増賃金など)
4.精皆勤手当、通勤手当、家族手当
特に間違いが多いのが、4番目の「精皆勤手当、通勤手当、家族手当」です。これらは原則除外ですが、「一律支給」されている場合は、最低賃金の計算に含める(除外しない)ことができます。
| 手当の名称 | 実態(支給条件) | 判定(算入/除外) |
|---|---|---|
| 家族手当 | 扶養家族の人数に応じて支給(例:配偶者1万円、子5千円) | 除外する(個人の事情によるため) |
| 扶養家族に関係なく、全社員に一律支給(例:一律1万円) | 算入する(実質的な基本給のため) | |
| 通勤手当 | 実際の通勤距離や定期代に応じて支給 | 除外する |
| 全社員に一律支給(例:一律5千円) | 算入する |
このように、除外賃金と最低賃金判定の関係性は、手当の「一律性」という実態によって変化します。 自社の賃金規定を確認し、実態に即した計算を行ってください。
「計算方法はわかった。でも、正直なところ賃上げする原資がない…」
そんな経営者様や担当者様の声もよく耳にします。しかし、ここで諦めて違反状態を放置するのはあまりに危険です。国は、最低賃金の引き上げに取り組む中小企業を支援するために「業務改善助成金」を用意しています。
これは、事業場内の最低賃金を一定額(30円以上など)引き上げ、かつ生産性向上のための設備投資(機械導入、POSシステム、労務管理システムなど)を行った場合に、その費用の一部を助成する制度です。
単なる人件費のコストアップと捉えるのではなく、「助成金を活用して設備投資を行い、生産性を高めるチャンス」と捉え直してみてはいかがでしょうか。賃上げは、従業員のモチベーションアップや採用力強化にも直結します。
最後に、実務担当者様からよくいただく質問に簡潔にお答えします。
A.はい、対象です。
試用期間中であっても、最低賃金法は適用されます。都道府県労働局長の許可を受けた場合(精神障害者等)を除き、最低賃金を下回ることはできません。
A.いいえ、含まれません。
固定残業代はあくまで「時間外労働に対する賃金」の前払いという性質を持つため、最低賃金の計算(分子)からは必ず除外してください。固定残業代を含めて計算すると、大幅な計算ミスになります。
A.以下の通り比較します。
●時給制: そのまま地域別最低賃金と比較します。
●日給制: 日給 ÷ 1日の所定労働時間 ≧ 地域別最低賃金 となるか確認します。
今回のポイントを整理します。
1.分母の罠: 月平均所定労働時間は「年間休日」と「うるう年(366日)」で変わるため、毎年再計算が必要。
2.分子の罠: 家族手当や通勤手当は、名称ではなく「一律支給かどうか」の実態で除外判断を行う。
3.リスクの罠: 違反リスクは過去3年に及び、採用ブランドにも傷をつける。
最低賃金対応は、一見すると面倒な事務作業かもしれません。しかし、ここを疎かにせず、適正な賃金を支払うことは、従業員への誠意であり、企業の信頼性を証明する最強のメッセージになります。
「自社の計算が合っているか不安」「賃上げとセットで採用力も強化したい」
もしそうお考えなら、ぜひ一度プロの力を借りてください。
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参考文献
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