人材関連コラム
2026年07月21日

目次
最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき、国が賃金の最低限度を定め、使用者はその金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。最低賃金制度には、都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」と、特定の産業ごとに定められる「特定最低賃金」の2種類が存在します。
2026年度(令和8年度)は、政府が掲げる「2020年代半ばまでに全国平均1,500円」という目標達成に向けた、極めて重要なターニングポイントとなります。2025年度の改定で全国平均が1,100円の大台に乗ったことを受け、2026年度はさらなる引き上げが確実視されています。
◆比較表: 最低賃金の種類と対象範囲
| 区分 | 概要 | 対象となる労働者 | 決定プロセス |
|---|---|---|---|
| 地域別最低賃金 | 産業や職種を問わず、都道府県内の全ての労働者に適用される。 | パート、アルバイト、派遣労働者を含む全労働者。 | 各都道府県の最低賃金審議会が決定。 |
| 特定最低賃金 | 特定の産業(例:自動車製造業、百貨店など)において、地域別より高い水準が必要な場合に設定される。 | 当該産業に従事する基幹的労働者。 | 関係労使の申出に基づき審議会が決定。 |
最低賃金の対象となる賃金には、基本給と諸手当が含まれますが、以下の賃金は算入されません。
●精皆勤手当、通勤手当、家族手当(生活補助的性格が強いため)
●時間外労働、休日労働、深夜労働の割増賃金
●賞与(ボーナス)や臨時支払われる賃金
ここまでは最低賃金制度の基本ですが、2026年10月はこれまでの常識が通用しない「特異点」となります。なぜなら、賃金そのものの上昇に加え、法定福利費の負担増が同時に発生するからです。
2026年10月、多くの中小企業は「人件費の二重苦」に直面します。一つは、政府の「2020年代中の1,500円」目標に向けた、過去最大級の上げ幅が予測される最低賃金の改定。もう一つは、従業員数50人以下の企業にも波及する「社会保険適用拡大(企業規模要件の撤廃)」の本格施行です。
これまでは「年収の壁」を意識して社会保険加入を避けていたパート・アルバイト層が、時給の上昇によって月額8.8万円の基準を超え、法律上の加入対象(義務化)となるケースが激増します。企業にとっては、時給アップ分(直接労務費)だけでなく、その約15%に相当する社会保険料の事業主負担分(法定福利費)が上乗せされることを意味します。
●ワンポイント!
経営者の皆様は、賃上げを単なる『コスト増』と捉えがちですが、マクロ経済の視点では、2026年は労働力不足がさらに深刻化する年です。賃上げを渋ることは、短期的には利益を守るように見えて、長期的には『採用倒産』のリスクを飛躍的に高めます。2026年の改定は、労働力を確保するための『守りの投資』であるという認識の転換が必要です。
例えば、従業員30名の製造業において、時給1,100円で働いていたパート社員10名が、2026年10月に時給1,180円へ引き上げられ、同時に社会保険に加入した場合、会社負担額は年間で数百万円単位の増加となります。最低賃金上昇と社保負担増を合わせた「実質コスト」を把握せずに予算を組むことは、経営上の致命的なミスに繋がりかねません。
政府の「2020年代中に1,500円」という公約を達成するためには、2026年度から2029年度にかけて、毎年平均で50円〜70円程度の引き上げが必要となります。2026年3月現在の経済情勢(物価上昇率と春闘回答)を鑑みると、2026年10月の改定額は以下の水準になると予測されます。
◆比較表: 2026年10月 都道府県別最低賃金予測(ランク別)
| ランク | 主な該当都道府県 | 2025年度確定値 | 2026年度予測値 | 予測上げ幅 |
|---|---|---|---|---|
| Aランク | 埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪 | 1,140円~ | 1,200円~ | +60円〜 |
| Bランク | 北海道、宮城など28道府県 | 1,030円~ | 1,090円~ | +60円〜 |
| Cランク | 青森、岩手、秋田など13県 | 1,020円~ | 1,080円~ | +60円〜 |
特に注意が必要なのは「月給制」の社員です。基本給が最低賃金を上回っているように見えても、所定労働時間が多い月には時給換算で下回ってしまう「隠れ違反」が発生しやすくなります。
【計算式】
(基本給 + 諸手当※) ÷ 1ヶ月平均所定労働時間 ≧ 最低賃金額
※精皆勤手当、通勤手当、家族手当、残業代は除く
事例1:地方都市の事務職(Cランク県想定:1,080円)
●基本給: 180,000円
●1ヶ月平均所定労働時間: 170時間
●計算: 180,000 ÷ 170 = 1,058円
●判定: 22円の不足で最低賃金法違反
事例2:都市部の製造職(Aランク県想定:1,210円)
●基本給: 200,000円
●1ヶ月平均所定労働時間: 165時間
●計算: 200,000 ÷ 165 = 1,212円
●判定: 2円差でかろうじて基準をクリア(ただし改定後は要注意)
このように、2026年10月の改定後は、これまで「安全圏」だと思っていた月給20万円〜22万円前後の若手社員も、最低賃金割れのリスクに晒されます。最低賃金上昇と社保負担増を合わせた「実質コスト」を正確に把握した上での予算策定が不可欠です。
最低賃金の大幅上昇がもたらす最大の副作用は、コスト増だけではありません。それは、「ベテラン社員と新人の賃金が同額になる(または肉薄する)」ことによる組織のモチベーション低下です。
例えば、時給1,100円で3年間真面目に働いてきたベテランパート社員がいるとします。2026年10月の改定で、新しく入ってきた未経験の新人の時給が、法律によって強制的に1,150円になった場合、どうなるでしょうか。ベテラン社員の時給も連動して上げなければ、「長く働く意味がない」という不満が爆発し、離職の引き金となります。
●ワンポイント!
現場で最も怖いのは、数字上のコスト増よりも『不公平感による離職』です。現場でも、ベテラン社員から『新人と給料が変わらないなら責任の重い仕事はしたくない』という声が上がることがあります。最低賃金が上がる際、下限の社員だけを上げると、その直上にいる中堅層との差が縮まり、組織の階層構造が崩れます。
これを防ぐには、最低賃金改定を機に、役割や責任の重さを再定義する『役割給』への移行を検討すべきです。単なる時給の付け替えではなく、納得感のある賃金カーブの再設計が求められます。
1.賃金プロット図の作成
全従業員の賃金を勤続年数・役職別にグラフ化し、2026年10月の新最低賃金予測ラインを引く。「飲み込まれる層」を可視化することがスタートです。
2.役割手当の導入
最低賃金に連動しやすい「基本給」とは別に、責任の重さや特定スキルに応じた「役割手当」を明確に分離し、ベテランの優位性を法的基準とは別枠で担保します。
3.昇給ルールの明文化
「最低賃金が上がったから上げる」のではなく、「この役割を担うからこの時給」という評価基準を整備。同時に「業務改善助成金」などの公的支援を活用し、生産性向上と賃上げをセットで進めます。
経営会議で「人件費が増えます」と報告するだけでは、社長から「どうにかしろ」と突き返されるだけでしょう。必要なのは、コスト増を前提とした「守り」と、それを乗り越えるための「攻め」の具体策です。例えば、社長への報告時には『今の賃上げはコストではなく、2027年以降に会社を存続させるための「採用・定着への投資」です』と進言することをお勧めします。
「業務改善助成金」は、生産性向上のための設備投資(DX投資など)を行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、その費用の一部を国が補助する制度です。
活用事例
飲食店が自動精算機を導入(設備投資)し、浮いた時間で接客の質を高めつつ、時給を50円引き上げる。
ポイント
2026年度は、社会保険適用拡大に伴う負担増を考慮し、助成率や上限額の特例措置、および「年収の壁」対策の助成金との併用が推奨されています。
内閣府・公正取引委員会が策定した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に基づき、最低賃金上昇分を取引価格に転嫁することが強く推奨されています。
対策
「最低賃金が〇〇円上がるため、製造原価が〇%上昇する」という客観的なデータに基づき、発注元と価格交渉を行います。
事例
運送業において、ドライバーの賃上げ分を「運賃改定」として荷主に提示し、8割の転嫁に成功した事例。現在は「労務費転嫁を拒む企業」は公表対象となるリスクがあることも交渉材料となります。
時給が上がり、社会保険の適用が拡大される以上、「労働時間の総量」を減らすことが最大の防衛策です。
対策
勤怠管理の自動化、RPAによる定型業務の削減、在庫管理のデジタル化。
効果
1人あたりの労働時間を10%削減できれば、時給が8%上がっても、総人件費(直接労務費)は抑制可能です。さらに、無駄な付随業務を減らすことで、社員のエンゲージメント向上にも繋がります。
◆比較表: 賃上げ対策の比較
| 対策案 | 即効性 | 難易度 | 持続性 | 期待される効果 |
|---|---|---|---|---|
| 助成金活用 | 中 | 中 | 高 | 設備投資による中長期の生産性向上 |
| 価格転嫁交渉 | 高 | 高 | 中 | 利益率の直接的な維持・回復 |
| DX・業務効率化 | 低 | 高 | 極高 | 労働時間削減による総人件費の抑制 |
例年、7月末に中央最低賃金審議会が引き上げ額の「目安」を出し、8月に各都道府県で決定、10月1日から順次施行されます。2026年度は政府目標の「1,500円」への加速が見込まれるため、例年以上に早い段階での情報収集が鍵となります。
2024年10月の改正(51人以上)に続き、2026年10月からは、企業規模(従業員数)に関わらず、週20時間以上働く全ての労働者への適用拡大が予定されています。これにより、小規模事業者であっても、一定の賃金(月額8.8万円)を超えるパート・アルバイトの社会保険加入が義務化されます。
原則として適用されます。都道府県労働局長の許可を受けた場合に限り、特例として減額が認められるケース(最低賃金法第7条)がありますが、そのハードルは非常に高く、実務上は「試用期間中も最低賃金以上」とするのが一般的です。
最低賃金法に基づき、50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。また、最大2年分(将来的に3〜5年へ延長議論あり)の未払い賃金の遡及支払いを命じられ、悪質な場合は企業名が公表される社会的リスクもあります。
2026年10月の最低賃金改定は、多くの中小企業にとって過去最大の試練となるでしょう。しかし、これは「古い賃金体系」を脱ぎ捨て、生産性の高い「強い組織」へ生まれ変わるための強制的なチャンスでもあります。
今すぐ取り組むべきは、以下の3点です。
1.実質コストの試算
2026年10月の予測額に基づき、社保負担を含めた総人件費を算出する。
2.賃金体系の点検
賃金逆転現象が起きないか、ベテラン社員に「役割に応じた上乗せ」ができているかを確認する。
3.助成金の検討
2026年度の予算に、生産性向上のための設備投資と助成金申請を組み込む。
まずは、自社の現状を把握するための「賃金チェックシート」を作成し、経営陣への報告準備を始めてください。
参考文献
厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
中小企業庁「中小企業白書2025」
日本商工会議所「最低賃金に関する要望」
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)「賃金構造基本統計調査」
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